【入山章栄氏・対談】日本が生産性を上げ、世界の中で強さを発揮するには?
かねてから生産性の低さが指摘され続けている日本。原因は企業の中だけでなく、日本という国が長きにわたって作り上げてきた社会構造と時代ニーズのギャップにありました。今回は、早稲田大学 大学院経営管理研究科(ビジネススクール)教授 入山章栄氏をお迎えし、今後AI・RPAなど新しいテクノロジーが発展していく中で、企業や人に求められる姿勢とは?をテーマに語っていただきました。
社会の仕組みが生産性の低さの原因。
――日本企業の生産性の低さが指摘されて久しいですが、多くの海外企業をご覧になっている先生はどう捉えていらっしゃいますか?
入山:日本が今頃になって苦しんでいるのは、60年代後半から90年代初頭にかけて出来上がってきた社会全体の仕組みが原因だと考えています。かつて日本の産業をけん引してきたのは製造業。基本的に同じものをコンスタントに作り、ミスを減らして歩留まりを上げることが至上命題でした。つまり、同じようなことができる人を集め、同じ時間に来て同じ時間に帰ってもらって平等に扱い、可能な限りミスを減らしましょうという考え方が適していました。
教育についても同様です。できるだけみんなが均一で一定の能力になるような仕組みを作り、大学はなるべく偏差値が高いところへ行き、名の通った企業に就職し定年まで勤めるというのがスタンダードでした。当時の日本は人口の伸びが著しかったことも関係し、このような考え方や制度でもすべてが上手く噛み合い、回っていたのです。
しかし、90年代以降に産業構造が変わっても、旧態依然とした社会の仕組みが生き続けているのが今の日本です。単に働き方改革で“早く帰ろう”とか“会議を減らそう”などということは小手先の手立てにすぎません。生産性の向上は一企業内の課題ではなく、日本社会全体の仕組みに起因する問題なのです。
――では日本は、生産性をどう高めていけばよいでしょうか?
入山:これは難しいポイントです。先日、デンマークへ視察に行ってきたのですが、彼らの一人当たりの所得は日本の約2倍と圧倒的に高い。けれど、みんな9時に会社に行って15時頃には帰るんです。バカンスで長期休暇もしっかりとっている。羨ましいようなワークライフバランスですよね(笑)。
一方デンマークは、税金がものすごく高いことでも有名で、年収の約3分の1は税金等で引かれます。徴収した分は国の手厚い福祉サービスとして国民に分配され、国民の間で格差が生まれにくい仕組みになっています。大学までの教育費も無料で、みんなが適切な学力や知識を持ち、みんなで生産性を上げていくことをよしとする、国のポリシーがはっきりしている国なんです。
それに比べて日本は、人口が約1億2,000万人(デンマークの人口は約578万人※で兵庫県とほぼ同じ)もいて、東京と地方でも価値観が全然違う、多様性の高い国です。そうした中で、“日本はこのようにして生産性を高めるべきだ”という方向性を一つに決めるのは難しいチャレンジになるでしょう。そもそも日本は一気に変えるのが苦手な国民性でもあります。よほどの大きな出来事などがなければゼロベースで変えることは難しい。一方で、日本人は細かい部分でのクオリティが非常に高く、真面目で勤勉な人が多い。これは個人的な感覚でもありますが、欧米諸国と比べて所属組織に対するロイヤリティが高いのも日本人の特長だと思います。どこかの国の完全な真似をするのではなく、良いところを参考にしながら、日本の良さを活かして勝負していく方法を独自に考えていかなければなりません。
※2018年デンマーク統計局調査より
“やらなくてもいい仕事”はテクノロジーを活用。
――日本は生産性の低さに加えて人口が減少し続けていくという、ある意味危機的な状況にあります。その中でAI・RPAはどのような役割を果たすべきでしょう?
入山:個人的に、AIやRPAにはとても期待しています。日本は真剣に取り組むべきです。既存の仕事が奪われてしまうと危惧している方もいると思いますが、ご存知の通り、テクノロジーが代替するのは人がやらなくてもいい仕事、やる必要のない仕事です。
たとえば、京都に世界が注目するある金属加工の会社があります。彼らは一点ものから対応する上、加工技術も高い。かつては経験を積んだ職人さんが技術を駆使して作業し、それがまた働く人たちのやりがいでもありました。しかし、時代は変わって20代の人たちは職人技にはあまり魅力を感じない。そこで、先代の社長さんが「これは本当に人間がやるべき仕事なのか」と考え、技能を機械に学習させてしまいました。よく職人の技は機械じゃ再現できないと言われるけれど、実際には可能な部分も多いそうです。
工場へ行ってみると、加工機が何台も並ぶ工場内にはほとんど人がいません。代わりに従業員たちは、デザインや設計、企画など、創造力が必要な仕事に従事しています。“機械にできることは機械に、人は考える仕事をする”という考え方が徹底されている企業です。結果的にこの企業には、世界中から優秀な人材が集まっています。
――AI・RPAといったテクノロジーは、ディップの顧客の業務にどう貢献していけるでしょうか?
三浦:ここ数年ほどの間に日本の企業でもRPAが続々と導入されていますが、その多くは大企業内です。しかし、大企業以上に人手不足が深刻な中小企業は導入コストをかけられないし、ITリテラシーが十分ではありません。よって我々は業界ごとに業務を分析して、中小企業が簡単に使えるテンプレートロボットを提供していきます。
入山:すごくいいですね。中小企業、とくに地方の会社は生産性が低い。RPAのようなツールはそういうところで使われてこそ、価値があると思います。冒頭の話で言うと、日本は生産性に対する課題の先進国でもある。やろうとしていらっしゃる事業の意義とビジネスチャンスはすごくあると思います。
佐賀野:ディップのお客様の中でのRPAの導入状況はどうかというと、大企業の間接部門にはなじんでいますが、現場の店舗ではまだまだこれからという感があります。我々がいかに現場を理解した上で、提案・提供していけるかというのがこれからのテーマです。
ITリテラシーと現場の心理的な抵抗がハードルに。
――現場でRPAの導入を加速させるために、何が必要でしょうか?
佐賀野:10年ほど前は、インターネットで求人をするということが、大企業のお客様でもなかなかご理解いただけない状態でした。スマホの加速度的な普及で当たり前のように受け入れてもらえるようになったのはここ5年くらいでしょうか。ただ、業種によっては新しい技術の導入が苦手な企業もある印象です。
三浦:たとえばチャットボットを利用して、応募があれば自動的に面接のセッティングができるシステムを本社主導で導入したとします。そこで店長に面接が可能な空き時間をあらかじめ入力しておくように指示しても、店長は入力してくれないんです。実際にできないのかもしれないし、本社の人間にそこまで管理されたくないという意識があるのかもしれない。本社と現場の間には壁や温度差があるんだと思います。
佐賀野:サービス業の場合、店舗マネジャーが大きな権限を持っていて、会社全体でも現場のほうが強い力をもっていることも新しい取り組みの推進が上手くいかない一因だと感じます。
三浦:目に見えない心理的なハードルがあるのかもしれません。そのハードルを越えさせるにはやはり何かしらのインセンティブが必要なのではないでしょうか。それをやったら得だ、楽になったというわかりやすい状況を作り出すことが必要です。現状にそれほどクリティカルな課題を感じているわけではないので、なかなか変えようとしないんですよね。
入山:日本は「今のままでもいいじゃん」となりがちです。良くも悪くも現場力があるので、ITなど新しいテクノロジーがなくても、努力と根性でなんとかしてしまう。そこが生産性が低い要因の一つでもあるのですが…。日本は、マイナンバーを導入するのも大変だった国です。どんなにわかりやすいインターフェイスにしても、不安や面倒さなどの抵抗感もあるのでしょう。成功体験というほど大げさなものではないにせよ、普及させるためには「これは便利だ!」という感覚を経験させてあげることが必要ですね。
佐賀野:心理的ハードルを超える後押しをするのも、お客様との接点を持つ営業の役割だと思います。メリットをわかりやすく伝え、不安や面倒さを払拭するのはもちろんですが、新しいテクノロジーを導入することでお客様の仕事がどう変わっていくのか、納得・共感していただけるように、根気強く提案していくことが重要だと感じています。
第二回戦には勝機あり。AI・RPAの活用がキーに。
――日本はこの先、世界の中で強さを発揮できるでしょうか?我々がAI・RPAを推進していく力になるメッセージをいただけますか。
入山:日本の課題の多くはAIやRPAが入ってくれば解決できると思っています。また、これはよく企業のトップの方とも話すのですが、いわゆるIT戦争のようなものがあったとすれば、日本はその第一回戦では惨敗しているんですよ。今さらプラットフォーマーは目指せない。でも第二回戦はチャンスがある。
これから先はすでに存在するインフラ上で、いかに良いものを作るか、ユーザーが魅力に感じる便利なサービスを作るかという勝負になっていきます。日本はこの分野では強い。これからIoTが全盛になっていきますが、IoTではつながる対象であるモノがよくないといけません。世界で一番モノづくりが得意なのは日本とドイツだと僕は思います。前出の金属加工会社のように、人がやらなくてもいいことは機械に任せて、クリエイティブな部分に人材をシフトすべきでしょう。サービスについても同様です。世界を見てもこれだけホスピタリティが高い国はない。AIやRPAを活用し、強みを磨いていくべきです。
日本人が得意とするきめ細やかさは、これからの時代に活かせるものです。これまでのやり方や考えに固執せず、新しい価値につながる形で活かしていく、その先に未来があるのではないでしょうか。